中央区議会議員 もりやあゆ美 オフィシャルウェブサイト

本家が知る隆盛

西郷隆盛屋敷跡、日本橋小学校の授業の一環で夫が講演をしました。
子を持つ親として、日本の宝である子ども達のため地域貢献のためなら是非!ということで引き受けました。

当初は日本銀行の敷地を与えられましたが「そんな広い土地はいらん」と断り日本橋小学校の敷地に単身赴任で暮らしていました。
ちなみに、浜町の薩摩藩邸にも少しだけ住んでいました。
また、西南戦争後、明治天皇のお達しで二代目の寅太郎から本家は江戸に住んでいます。
隆盛から数えて4.5.6代目としていますが、西郷家から数えると何十代も続いています。

上野の銅像は皇居内に建てる案もありましたが、議論の末、現在の場所となりました。

「本家が知る隆盛」というテーマで毎回講演していますが、今回は小学生向けに作り直し、日本橋での生活、千疋屋との関係、西郷内閣の実績、郷中教育など本家が知る逸話もお伝えさせていただきました。
子ども達も大変喜んでくれたようで嬉しかったです。

名前は知っているが何をした人なの?という方が多いので西郷内閣の実績をご紹介↓
日清修好条約成立、廃藩置県、地租改正、宮中の改革、陸軍創設、銀行制度創設(日本最初の銀行が誕生)学校制度の確立(男女の区別なく、国民全てに義務教育を施す)
警察制度(1874年に首都警察としての東京警視庁が設立された)
新聞・雑誌も相次いで創刊されました。
人権問題、封建的身分制度、男女平等を推進し西郷家は男尊女卑をしないという決まりがあります。
写真を撮る時も女性が男性より前に座ります。
根本に国家社会は道義・仁愛をもって成立すべしとする西郷の理念があります。

○よくわかる本や四代目のお父様が書いた本もご紹介しました。
「薩摩のキセキ」は京セラ(株)稲盛会長推薦、スラムダンク作者の井上雄彦さんに絵を描いていただきました。
「西郷と勝」は親族の永谷園の永谷さん著者ですが、お父様が薩摩弁を直す部分を協力。
こちらの南洲遺訓の編集は、親族の四元義隆先生と一緒に作りました。

読んでみてください^_^

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